夢。中でも明晰夢
夢を見た。
気がつくと広く静かな伽藍堂に、静かに胡座で座っていた。
意識はどこへ向かうでも無く、ただ自分の周りをふわふわと漂っているようだった。すると不意に漂っていた意識は、すぅっ、と目の前の一点に集まった。
そこには1人老人が佇んでいた。歳はわからない。ただ男であることははっきりしている。静かに佇んでいる。老人との間には2畳ほど距離があった。
それにしても、いつからこの老人はここにいただろうか。
自分が胡座であると気付いた時にはいただろうか。
それとも今、炎から煙が上がるように、あくまで自然に、不思議に現れただろうか。考えは霞がかかり、次の呼吸までにはどうでも良くなっていた。
そういえば、今座っているのは伽藍堂にしても木ではない。
白く凹凸があって、文字が書いてある。なるほどこれは達筆だ。
「座っているのは紙の上で、書いてあるのは隅寺心経であります。」
不意に老人が答えた。
意外にも老人が答えたことに対する驚きは無かった。あくまでもそれが自然であり、それ以外の選択肢も、結果もないように思えた。
「なるほど。」
その言葉を発した瞬間、これは夢であると自覚できた。なぜ自覚できたのかはわからない。ただ頭の中にはハッキリと(これは夢である)という思いだけが取り残されていた。
「これは明晰夢ですか?」試しに老人に聞いてみる。
「その通りであります。この伽藍堂は全てあなたが作り出していて、全てあなたの思うままです。そしてこれから起こることは、全てあなたが望んだことなのです。」
「この伽藍堂からあなたを消してしまうこともですね。」
「もちろんその通りであります。ただ、そうしない方が得策であるとあなたは考えているようです。」
消してしまおうとも思ったがやめた。
しばらくそのまま沈黙しながら時間をいじって瞑想していた。
すると、
「赤という色は存在していますか?」老人が聞いてきた。
なるほど、この老人は自分が無意識に作り出しただけあって、問答にも心得があるようだ。
「私が赤という言葉と視覚に映るものを結び付けて語れるので、存在しています。」定石だ。
「では黄色という色は存在していますか?」 問われる。
「私が黄色という言葉と視覚に映るものを結びつけて語れるので、存在するでしょう。」応える。
「ではその中間の色をあなたは答えられますか?」
「赤と黄色の中間の色はオレンジ色、つまり橙色です。」
「よろしいでしょう。では。もし仮に、赤に限りなく近いオレンジ色と言われるものがあったなら。あなたはそれを赤色ではないと言い切れますか?」
「言い切れないです。私にとって赤で無くとも、他人にとって赤であることはあります。そこにおいて大切なのは、赤であるとかオレンジであるとか、甲であるとか乙とかでは無く。その本質であるように思います。」
「良いでしょう」
「またその場合も本質がどうであるかより、本質を探そうとする方が大切であろうと思います。」
語尾が伽藍堂に反響している。しかし静かである。
それからしばらくは沈黙していた。
ふと、ここで目の前の老人を消してやろうと思った。
なんと言うことはない。もうどうだって良いのだ。
目をゆっくりとつむる。まぶたの隙間から1ミリづつ光を入れながら目を開くと、そこに老人はいなかった。
消してみると不思議なもので、老人がいたときも完璧な沈黙ではあったが、余計に静かになったようであった。
ふとさみしくなって、タブラとガムランを目の前に出してみる。
ガムランを1人自由に弾いてみる。気が抜けているが、トランスに入りそうな音が静かな伽藍堂にこだましている。
そうしているうちに今度は、ケチャが聴きたくなり、100人ほど人を出してやった。
ガムランの音と美しく融合する男の声とリグヴェーダはなんとも言えぬ、幻惑的な雰囲気であった。
どれそろそろ目を覚ますか。
夢を見ているのも長いとめんどくさくなってくる。
「目を覚ますぞ」
目を覚ますとそこには、ただ白い空間がどこまでも続いているだけであった。
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